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  <title type="text">歴史本ブログ</title>
  <subtitle type="html">歴史の本を読むたびに書いていこうかな…´oωo</subtitle>
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  <updated>2008-09-04T13:59:37+09:00</updated>
  <author><name>ゑ</name></author>
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    <published>2008-09-04T22:45:31+09:00</published> 
    <updated>2008-09-04T22:45:31+09:00</updated> 
    <category term="歴史本" label="歴史本" />
    <title>『王朝の性と身体』　小嶋菜温子 編</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[７　男色家・藤原頼長の自己破綻｜『台記』の院政期　神田龍身 著<br />
<br />
この本で「男色」とはじめて触れ合ったので、とりあえず整理をしようと思います。<br />
自分なりの解釈が入ってしまっているので決して<font color="#cc99ff"><font size="3">本編の要約ではありません</font></font>し、同時に、すべてわたしの<font color="#cc99ff"><font size="3">研究結果</font></font>でもありません。<br />
あくまで神田氏の本を読んで「<font color="#cc99ff"><font size="3">どう自分なりに噛み砕いたか</font></font>」をかいて整理しているにすぎませんので、誤解のないようにお願いします。<br />
<br />
１鳥羽院と頼長<br />
頼長と鳥羽院の男色話題のにやつくやりとりが描かれています。<br />
<br />
２男色ネットワーク①<br />
頼長を院近臣の男色ネットワークへと駆り立てたものはなんなのか。「諸大夫」の「僭上」として蔑視していた<font color="#ff99cc">家成</font>、<font color="#ff99cc">家明</font>の関係者とあえて男色関係を持っていったのは、それらを<font color="#cc99ff"><font size="3">男色によってとりこもうとしていた</font></font>頼長の姿勢がみられます。頼長は鳥羽院に取り入るために男色をもちいる院近臣とは違い、鳥羽院と同等の地位にあろうとしていたようです。<br />
<br />
それまでの摂関時代は天皇と臣下は律令を持って整備されており、天皇と関係を結ぶには皇后や女房を経なければならなかったのです。そこで天皇と関係を持つことが難しい人々が、天皇とその周辺権力の外で院と結びつくようになり、<font color="#cc99ff"><font size="3">院と体の関係を持つことで院とのつながりができる</font></font>ようになりました。しかし、この関係は決して文書化されるようなシステムではないため、簡易に関係を持てると同時にもろいもののようでもあったそうです。<br />
<br />
注目したい点は、男色ネットワークに介入する頼長のスタンスはあくまで<font size="3"><font color="#cc99ff">男色ネットワークを束ねる中心的存在</font></font>で、それは鳥羽院に同等するものであるということです。院近臣たちはネットワークの末端的存在であり、贔屓をしてもらうために体を許していますが、頼長は決してそうではなかったのです。鳥羽院と張り合いながら愛人を取り合いつつ、自らの人脈を男色によってつくっていこうとしていたのでした。つまり、院政を批判し摂関時代の再興を考える頼長の政治理念に違わないのです。<br />
<br />
３男色ネットワーク②<br />
『台記』によると、頼長は<font color="#ff99cc">隆季</font>を崇徳院と結ばせる仲介役をしています。自らの愛人を崇徳院に引き合わせつつも、自分は崇徳院の寵臣・<font color="#ff99cc">為通</font>と関係を結びました。鳥羽院に対するスタンスと同様に、頼長は崇徳院に対しても自分の体を捧げるわけではなく、自分の男色関係を持ったものを結びつけることで、<font color="#cc99ff"><font size="3">ネットワークの所持者として存在する</font></font>ことを望んでいたようです。<br />
<br />
村上源氏<font color="#ff99cc">成雅</font>との関係を必要に固執する頼長についての指摘もあります。なぜ<font color="#ff99cc"><font color="#000000">家柄も対してよくない成雅に頼長はこだわったのでしょうか。その理由は成雅が忠実の寵臣であったためです。忠実の</font><font color="#000000">成雅の扱いにまつわるエピソードでおもしろいものがあります。康治２年、成雅が乱闘騒ぎを起こしたため頼長は成雅を解官しました。するとその処罰に憤慨した忠実は半年頼長を面会させなかったというのです。忠実と成雅の関係があったのかどうか、明確にできる史料は挙げられていませんでしたが、（それでも成雅は忠実に寵されている人であると『今鏡』に記載されている）頼長は父がひいきしている成雅と関係を結び、成雅を自分よりにすることで、父を越そうとしていたのではないのでしょうか。<br />
<br />
頼長は、<font color="#cc99ff"><font size="3">鳥羽院、崇徳院、忠実それぞれと自分も同じ立場</font></font>になり対抗していきたかったのです。その<font color="#cc99ff"><font size="3">対抗する媒体が、男色</font></font>であったのでした。<br />
<br />
４暗号表記<br />
ちょっと疲れたので省略します。。。&acute;oдo#%D:196%#笑<br />
<br />
５支配としての男色<br />
</font></font>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>ゑ</name>
        </author>
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    <published>2008-09-04T14:10:23+09:00</published> 
    <updated>2008-09-04T14:10:23+09:00</updated> 
    <category term="歴史本" label="歴史本" />
    <title>『骨肉　父と息子の日本史』　森下賢一 著</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[はじめまして、ゑです。<br />
さっそく本についてい書きたいところですが、自己紹介を少々&hellip;<br />
<br />
現在史学科に属しているわたしは、すごーく歴史が好きってわけでもないのですが、歴史をなんとなく勉強しています。<br />
他の学生に比べたら100分の1くらいしか勉強していないので、いつもやらざるを得ない状況にならなければやりません。<br />
なので、少しでも「歴史本を読もう」という意欲が湧くように、ブログをはじめたわけです。<br />
誰も見てないかもしれないけど。。。笑<br />
<br />
とりあえず、日本中世史ゼミに入っているわたしは「藤原頼長」という人物が気になっているわけで<br />
「頼長の何を調べたいの？」とよく言われますが、まだ何も決まってません。<br />
直感的に彼がイイナーと思ってしまっただけなので何も調べてないのです。<br />
<br />
ということで、頼長についての本を中心にこれから歴史本を読んでいこうという感じで<br />
さっそく1冊目の『<font size="3"><font size="4"><font color="#993366">骨肉　父と息子の日本史</font></font></font>』に入ろうと思います。<br />
<br />
※基本的に頼長に関係なさそうな章は飛ばして読んでしまってます<br />
<br />
<div style="margin: 0mm 0mm 0pt">本は全体を通して<font color="#993366"><font size="3">忠実・忠通の犬猿の仲</font></font>を「いつから？なぜなのか？」などを追求せずに書いていて、頼長が偏愛されたのは忠通と比べて愛らしかったためとしている感じがしました。</div>
<div style="margin: 0mm 0mm 0pt">気になる点としては、</div>
<div style="margin: 0mm 0mm 0pt">・忠通が頼長を養子にしたのは将来性を感じたから&hellip;とありますが、<font size="3"><font color="#993366">忠通が頼長を養子にしたのは忠実の指示があったか</font></font><font color="#993366"><font size="3">ら</font></font>ではないかとわたしは思います。史料検討も何もしていないので批判は一切できませんが、忠通が頼長を自主的に養子にしたという根拠が必要ではないかと感じました。</div>
<div style="margin: 0mm 0mm 0pt">・(白河院死後、権力を復活した忠実に憤りを感じ？)忠通は父と弟に対する報復として、近衛天皇に呪詛をかけたのは忠実・頼長父子であるという噂を流した&hellip;とい点は<font color="#993366"><font size="3">忠通の陰謀</font></font>をほのめかしていますが、根拠になる史料はあるのかなァ&hellip;と思います。</div>
<div style="margin: 0mm 0mm 0pt">・忠実が頼長を偏愛したのは忠通の上記のような陰険な性格ゆえだったかもしれない&hellip;<font color="#993366"><font size="3">忠通って陰険な</font></font><font color="#993366"><font size="3">のか</font></font>な&hellip;</div>
<div style="margin: 0mm 0mm 0pt">&nbsp;<br />
というのが読んでいて気になった点でした。<br />
主に不思議に思ったのは忠通の性格について、結構悪く書かれているとこです。<br />
頼長は「悪左府」とか「冷酷な」とか言われていて、温かみのある人物ではなさそうな感じはもとからしていましたが、忠通まで性格が悪かったら兄弟そろって結構キャラが強い一家だったことになりそうです。<br />
<br />
頼長について調べてるつもりなのですが、どの本をとっても<font color="#993366"><font size="3">兄と父を抜きにしては彼は語られない</font></font>ようです。</div>
<div style="margin: 0mm 0mm 0pt">この本（『骨肉～』）では忠実・忠通の関係ははじめから悪かったといっていましたが、果たして本当なのでしょうか&hellip;その辺についても詳しく調べていく課題になるように思います。<br />
&nbsp;</div>
<div style="margin: 0mm 0mm 0pt">最後に、頼長の私生活について書かれた本として『<strong><font color="#808000"><font size="3">院政期社会の研究</font></font></strong>』五味文彦が紹介されていたのでそのうち読むとします。</div>]]> 
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            <name>ゑ</name>
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